【ジュネーブ時事】イタリア中部ラクイラで2009年4月に死者309人を出した大地震で、予知できず住民に警告しなかったとして過失致死罪に問われた科学者ら7人に対し、ラクイラ地裁は22日、禁錮6年の有罪判決を言い渡した。
時事通信 10月23日(火)0時35分配信
科学者の立場と政府内機関での発言が微妙に線引きされていないところに問題はあるようだ。
今回の此の報道に接して先ず日本国内での司法の立場からしてどのような判決に至るかを考えると先ずこのような判例は100%ありえない。
科学者の意見として自由な発言や本音での議論は皆無になり 言論の封殺になるとの意見も出るし 被害者から見れば過失責任を問いたくなる。
イタリアの検察当局は求刑理由で「検討会が市民に誤った保証を与えたことが、死を招いた」とした。科学者側は「検討会では科学的な知見を伝えただけで、結論を出すような会ではなかった。政府が安全宣言を出すとも聞いていなかった」と責任を否定している。と現地でもいや全世界に問題を提起した判例になった。
日本では未だに戦争責任を曖昧にしてきた社会上、司法に於ける公害、住民訴訟に於ける判例の立地点は未だに企業、行政、権力側に立った利益重視の体制擁護になっている。
先ごろの東日本の地震に於ける東電の原発事故における政府の収拾策並びに政府部内の原発関連の諸機関で科学者の発言を聞いていると今回のイタリアの判決を参考にしたいくらい。
政治家、政府部内の機関、委員会等に於ける発言の責任所在を明らかにする体制が今の日本では必要なのではあるまいか。
公人としての発言にあまりにも疎んじられるままでは首の挿げ替えだけで終わってしまい無責任のまま何の問題の解決にもならない。
日本の司法にもっと弱者住民の立場になってほしいと願う。法律は人の為にあるもので、法に人の世に温かさと平穏な社会へと実現させるために厳格に判決を下していくのが裁判官だ。
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