2012年8月6日月曜日

場違いな野田首相

 今日米軍による原爆投下から67回目の原爆の日を迎えた。
 今年は原発再稼動反対の運動が政治家・財界・官僚の意に反して静かに民意の底深く広がりだした中での原爆慰霊式。
 核保有国から中国以外の国からの列席となった。
 未だ中国のみが核廃絶への流れに拒否し続ける。其の先に何を求めているのか。いみじくも中東のシリアでは内戦状態の終結に向かった国連の提案を拒否し続ける中国・ロシアと地球の平和への願いに真っ向から反対し続ける態度の先には自国の権益のみを考えている侵略者としてのの政治的意図しか見えない。


 毎年此の式典で発言されている「こども代表」の言葉を世の政治家・財界の方の心に届いて欲しいものだと毎年感じる。平気で裏切り続ける政治家諸氏の言葉には《誠》《絆》《愛》という文字が欠落。


 今回の野田首相の挨拶文にも「脱原発依存の基本方針の下、中長期的に国民が安心できるエネルギー構成の確立を目指す」として核というものを真正面から向き合わないで自己正当化だけの挨拶。選挙目当ての政治家の言葉の域を抜け出さない。此の平和への希求する慰霊式には日本の非核国家の首相として世界に向けて平和な国家を構築していく心構え原爆での戦没者に誓うべき趣旨である。
 その辺のところがまるで理解したくないような挨拶文の披露では場違いとして恥の上書きだと思う。


 それに比して今回も子供代表の平和は私たちでつくるもの。仲間とともに、行動していく》と人間の叡智と絆で平和を作り上げていくことを犠牲者の御霊に誓った。
 人間の真心を信じ 平和な社会を築ける事を誓った子供たちの気持ちを真摯に聞いてもらいたい。


 「核と人類は共存できない」と放射性物質を含む凶器に対して人類は永遠に封印する運動を展開して初めて平和へと。
 核の平和的利用という妄想の裏に隠れた核保有に対する政治的切り札に使おうとする駆け引きより今こそ平和を真剣に語り合おう。声なき声の中から非核・反核の声を。
 政治的に利用される原発《北朝鮮の核開発の答弁》も含め此の地球上から核からの放射性物質の完全除去へと。
 今日はこのことを考えてみたい。

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